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大塩平八郎の「檄文」にこだわり、3回目の試演となる。
今回は、前回の反省、「檄文」のテキストを一本調子にならずに独白(発語)し
たいということが、まず第一義にあった。続いて、「創作部分」に関しては大塩
平八郎の時代をそのままやるのではなく、何か異なる味付けで大塩の感じて
いた思いを表現できないかと考えた。
事前に、『OHSHIO・T』に登場した「サラリーマン」が崩れていくというコンセ
プトにしたらどうか、との助言を林さんからもらっていたので、それを生かしな
がらも『OHSHIO・T』とは違う何ができるかを考えていった。
表現は直接的すぎると、想像する余地が少なくなるのでかえってつまらない。
そのことを踏まえて『OHSHIO・U』とはちがう何かを。。。
自分の仕事(日常の職場・教員)の中で受ける様々なもどかしい思いや、現代
の政治の流れの中に感じるやるせなさ、そんな思いが交差して、創作部分に
唐十郎の「津波」や「眠り草」の台詞を引用し、そして自分の創作テキストを加
えて構成してみた。
困難だったことは事前に課題をもらった「創作部分のわかりにくさ、大塩のテ
クスト(檄文)とどう交差したり、対象化できているかを客の視点で考え
て!!」という林さんからの助言に対して、的を得ているだけに直しの着手に
取り掛かったが、一部の言葉を変えたのみで、客が読み解く手がかりとなる
仕掛けが入れられなかったこと。自分の演出力の現時点での限界を思い知ら
されたようだ。ユルさんや上田さんのモノプレイを見ていて、自分に欠けている
ことが、何かわかりかけた。ただ、自分の『OHSHIO』をどう作るのか、自分で
はどんな、仕掛けや手がかりを創作部分に入れ込めがいいのか、いまだみえ
てこない。
試演会を続ければ続けるほど、自分にないものが大きく広がっていく感じがす
る。毎回、苦しいが、今回はこれだということがわからないままであったのが
苦しかった。また、一方「大塩檄文」のテクスト(発語)については弾けきれな
いままに終わることはなかったが、強く表現するところでは、単調になるのでさ
らに、独白の言い方(発語の方法)を磨いていきたい。
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