『ツアラトストラ・U』記録
実験・創造工房 研究試演Y
2004年12月1日(水)
ザムザ阿佐ヶ谷
監修 林英樹
モノプレイ
構成・演出・演技 上杉塩一
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1.作品について
一年半ぶりの「ツアラトストラ」。今回は前回と異なり、現代社会ともっとリンク
していく試みができないかと考えた。毎日ニュースに流れる犯罪の数々。強
盗・レイプ・殺人・親殺し・誘拐殺人…いつからこんな社会になってしまったの
かもわからないうちに現実はものすごいスピードで破壊の道を突き進んでい
る。この人間の状況はある精神状況が引き起こしている。気がつかないうち
に空気のように漂い吸い込む麻薬…夢に破れ自暴自棄になった者が手を出
す麻薬。実在するものから出発していかなければならないはずが、夢幻と現
実の境がわからず、闇と灯りの境もなく、善悪の区別もない非連関性の世界
の中で、人間は刹那的になっていき、見境のない弱者への攻撃に酔いしれ
る。当初そうした狂気に走っていく人間を描きながら、アドルフヒットラーが利
用したニーチェへの誤解を明らかにしようと思った。しかし、その人物を演じる
には自分は年を取りすぎている気がしてきて、急遽脚本を変えることにした。
変質者が増えている中で、これまで社会に存在をちゃんと認められていた変
人が減った。ある意味で先の見える哲学者は変人であった。ニーチェも然りで
ある。情熱的で、滑稽で悲しい変人から現代社会を描く、そういうコンセプトで
いくことにした。
現代の象徴として美少女フィギアを使うことにした。フィギアは言葉を持たない
若者達であり、征服欲の象徴でもある。そうしたフィギアを媒介にまずは彼の
説教から始まる。名前をフランチェスカ・エリザベート・ザロメにしたのにはちょ
っとした意味がある。フランチェスカはニーチェの母親の名前。敬虔なクリスチ
ャンでニーチェに対しても盲目的な愛を捧げ、発狂したニーチェの面倒を見な
がら死んでいく。ニーチェの「神は死んだ」の言葉は彼女にとっては認めること
ができなかった背信行為であったが、それでも彼女はニーチェに最後まで愛
を注いだ。エリザベートはニーチェの妹の名だ。エリザベートは母と一緒にニ
ーチェの晩年をともに過ごし、最後を看取る。彼女はニーチェの筆録を丹念に
収集保管していて、後にニーチェ文庫を創設し、狂人となったニーチェの真実
を隠し、「ニーチェ全集」を発行したりして財を築く。そしてザロメは、ニーチェ
の唯一といってもいい女性関係の相手、ルー・ザロメ。決して「サロメ」から取
ったわけではない。ニーチェはこの才女に恋をする。永続的な結婚などを軽
蔑していたにもかかわらず彼女に結婚を申し入れるほどで、その仲介に友人
のパウレ・レーに依頼する。ところが、そのレーとザロメは愛し合っていた。三
角関係はもつれにもつれ、ザロメはレーのもとに行く。このときのニーチェの
怒りと嘆きは激しく、その後にようやく客観的に捕らえられるようになってから
「ツアラトストラ」の創作を始めるのである。こうした背景を捉えながら脚本にし
てみたが、もちろんその理由を観客が知る由もない。一種の自己満足だ。
そうした「ツアラトストラ」の言葉を入れながら、今回はもうひとつ参考にした本
がある。それはマックス・ピカートの「我々自身の中のヒットラー」という本だ。
あの時代のドイツの状況を人々の精神状況から分析した本で、この本を読む
と震えるほど現代の状況と重なってくる。言葉の世界で思考が存在する。その
言葉の世界が失われているとしたらもはや思考がなくただ単に目の前のもの
に対する欲求で行動していくだけだ。
衝動的殺人、親殺し、誘拐殺人、通り魔殺人…この世はまた強力なカリスマ
を求め、集団の狂気が生まれようとしているのではないか?
変人が街へ出る。行き交う人は相手にしない。だがふと気がつくと3人の女子
高生。彼らに彼は必死に語る…しかし彼らもまた言葉を持たない人間。言葉
で思考していくことが全ての人間と言葉のない過去とも未来とも断絶した刹那
的な人間はどうやっても交わらない。言葉のない非連関性の世界がひたひた
と忍び寄り、世界を制覇することをもはや止められないのだろうか。
今回の作品は「ニーチェ」の思想を語るものにはなっていない。あくまでも現代
社会への一つの切り口として書いてみた。ここで文章にしてみたものの実際
の芝居で伝えたいものが何も伝わらなかったのは私自身の力のなさに尽き
る。だが、改めて作品としては今後も思考を深めながら見つめていこうとは思
っている。
2.試演が終わって
何故だかはわからない。夏ごろからどうも心が落ち着かない。練習にも集中
できずにただボーっとしている自分がいる。何故だかわからない。自分の周り
で起きた様々な死が影響しているのかもしれない。心に虚無が走る気がす
る。
そんな状態で舞台に出るのは間違いだった。緊張感がない。あれほどあがっ
てどうしようもなかった自分もいない。内面がスカスカの舞台は、見るものに何
も与えない。どうしようもない空気が漂う。こんな状況の中でも確実な力が宿っ
ていればなんとかなる。何も本物の力が宿っていないということだ。
もう一度、やり直しだ。
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